避難所、孤島、閉鎖されたビル、動かなくなったエレベーター。外に出られない状況に人が集められ、そこで防犯意識やモラルが少しずつ崩れていく。この型に該当する作品は、当サイトの集計で522件あります。数だけ見れば主要な型のひとつです。
ただし、この型はほかのパターンと成り立ちが違います。多くの寝取られ作品では「誰が」「なぜ」仕掛けたのかが物語の骨になりますが、この型ではその骨の部分を「環境」が肩代わりします。動機の説明が薄くても話が成立してしまう。そこが長所でもあり、作品によっては欠点にもなります。
ここでは、閉じ込めという設定が何を担っているのか、なぜ加害側の描き方が他の型と変わるのか、そして自分に合うかどうかをどう見分けるかを整理します。
「閉じ込められている」という設定が担っている役割
この型の作品を並べて眺めると、舞台はばらばらでも、設定が果たしている役割はほぼ共通しています。役割は大きく3つに整理できそうです。
- 逃げ場を消す。移動できないので、関係を断つ選択肢が最初から無い
- 第三者の目を消す。通報する先も、噂を広める相手もいない
- 時間を余らせる。やることがない時間が延々と続く
ほかの型では、この3つをそれぞれ別の道具で用意します。逃げ場を消すには職場の上下関係を使い、第三者の目を消すには夜や密室を使い、時間を余らせるには旅行や合宿を使う。閉じ込め型は、ひとつの設定で3つをまとめて成立させてしまいます。作り手にとっては省力な装置で、だからこそ数が増えやすいのだと考えられます。
逆に言えば、この設定は便利すぎるとも言えます。便利な道具は雑にも使えるので、作品ごとの出来の差が大きくなりやすい型でもあります。
極限状況が免罪符として働く構造
この型を特徴づけているのは、「こんな状況だから仕方がない」という言い訳が、登場人物にも読者にも同時に効いてしまう点です。
ヒロイン側では、身を守るため、食料や場所を得るため、あるいは不安を紛らわせるため、といった理由づけが用意されます。加害側では、いつもの自分ではなくなった、規範が意味を失った、といった説明が置かれます。どちらの理由も、通常の日常を舞台にした型では通用しにくいものです。閉じ込めという前提があるからこそ、成立の余地が生まれます。
読者の側にも同じ働きが及びます。人が変わってしまう理由を「環境のせい」として受け取れるため、登場人物の変化を責める気持ちが弱まります。寝取られ作品に惹かれる心理を扱った記事でも触れていますが、この型は罪悪感の負担が比較的軽いほうに入るという見方があります。裏切りが「人格の問題」ではなく「状況の問題」として提示されるからです。
加害側に個人的な動機が要らなくなる
ここがこの型の最大の特徴です。ほかの型では、加害側に何らかの個人的な動機が必要になります。前から狙っていた、恨みがあった、支配欲が強い。そうした背景がないと、行動の説明がつかなくなるからです。
閉じ込め型では、その説明が省けます。動機は「環境がそうさせた」で足りてしまう。結果として、加害側の描かれ方が次の3タイプに分かれる傾向があります。
- もともと日常側の人物。近所の顔見知り、同じ職場の人間。環境が変わったことで振る舞いが変わっていく
- その場に居合わせただけの匿名の集団。名前も背景も描かれず、状況そのものの象徴として扱われる
- 秩序を代行する立場の人物。物資や場所を管理する役割を与えられ、その権限が別の意味を持ちはじめる
2番目のタイプは、この型にしか出てきにくい描かれ方です。ほかの型で加害側の人物像が空白のままだと、作品として弱くなります。閉じ込め型では、空白のままでも成立してしまう。これを物足りないと感じるか、状況の圧力が伝わって良いと感じるかは、読者によって割れるところです。
3番目のタイプが選ばれる作品は、比較的丁寧に作られていることが多いようです。権限を与える手続きが物語の中に置かれるため、変化の過程を段階的に描けるからです。段階を追って変化していく型と近い読み味になる作品も、この系統に含まれます。
脱出できないことが、時間の使い方を変える
もうひとつ、構造として見落とされやすいのが時間の扱いです。
日常を舞台にした型では、接触は点として描かれます。会う、別れる、日常に戻る。その繰り返しです。ところが閉じ込め型では、離れるという選択肢がないため、接触が線として続きます。翌朝も、翌日も、同じ空間に相手がいる。
この違いは、作品の書き方に直接影響します。日を追って状況が変わっていく形式が使いやすくなり、「何日目」といった時間の区切りが物語の骨組みになります。紹介文に日数や期間が書かれている作品は、この作り方をしている可能性が高いと考えられます。
- 日数や期間が明記されている→ 経過を追う構成。変化の過程が描かれやすい
- 「一夜」「その夜だけ」→ 状況は装置として使われ、短く決着する
- 「救助が来るまで」「復旧まで」→ 終わりの時点があらかじめ設定されている
助けが来るか、来ないか。結末が二分される
この型の結末は、おおむね2つに分かれます。閉鎖状況が解除されるか、されないかです。
解除される場合、ヒロインは元の生活に戻ります。ここで作品は、戻ったあとをどう描くかを選ぶことになります。何もなかったことにして終える作品、状況が終わっても関係だけが残る作品、本人の内面だけが戻らない作品。どれを選ぶかで読後感がまったく変わります。結末の分類を先に見てから作品を選ぶと、外しにくくなります。
解除されない場合は、その環境が新しい日常として定着していきます。閉じられたままの生活が続き、そこでの関係が前提になる。こちらは救いを求めて読むと苦しくなる作りなので、好みがはっきり分かれます。
注意したいのは、この二分が紹介文の段階では判別しにくいことです。どちらの結末でも、序盤の説明文はほとんど同じになります。結末を重視するなら、紹介文の末尾やシリーズの巻数構成まで見ておくほうが確実です。
社員旅行・合宿など、他の閉鎖環境との違い
閉鎖環境を使う型はほかにもあります。社員旅行、部活の合宿、サークルの遠征。これらとの違いは、事前の人間関係があるかどうかです。
旅行や合宿を舞台にした型では、登場人物はすでに互いを知っています。上司と部下、先輩と後輩といった関係が持ち込まれ、その力関係が話を動かします。つまり、閉鎖環境は既存の関係を煮詰める装置として使われます。
一方、この型では、事前の関係が無い場合があります。たまたま同じ場所に居合わせただけの他人同士。関係の蓄積がないぶん、話を動かすのは環境そのものになります。シチュエーション別の分類を見比べると、同じ「閉じた場所」でも、動かしているものが違うことが分かるはずです。
- 旅行・合宿型:関係が先にあり、環境がそれを露わにする
- 閉じ込め型:環境が先にあり、そこから関係が生まれる
好みで言えば、人間関係の緊張を読みたい人は前者、状況の圧力そのものを読みたい人は後者が向いていると考えられます。
隣人型との対比。閉じるのか、日常が続くのか
もうひとつ対比しておきたいのが、隣人や近所の人物による侵食を描く型です。こちらは日常がまったく途切れません。買い物にも行けるし、外にも出られる。それでも関係が進んでいくところに気味の悪さがあります。
閉じ込め型は逆で、日常のほうが先に壊れます。壊れた場所に人が取り残される。同じ「逃げられない」でも、隣人型は逃げないことを本人が選んでしまうのに対し、閉じ込め型は選択肢そのものが存在しない。この差は、読み終わったあとに残るものの質を大きく変えます。
選択肢が無い話は、本人の責任を問いにくくなります。選択肢がある話は、本人の責任が残ります。どちらが読みたいかで、選ぶ型を変えるとよさそうです。
この型が合わない人
正直に書いておくと、この型が合わない読者は少なくありません。
ひとつは、加害側の人物像を読みたい人です。前述のとおり、この型は動機の説明を省けてしまいます。相手が何を考えてそうしたのかを追いたい人にとっては、中身が空っぽに感じられることがあります。その場合は、動機がはっきり置かれる型のほうが満足しやすいはずです。
もうひとつは、関係が修復される展開を求めている人です。この型は状況が終わったあとを描かない作品が多く、描いたとしても元に戻らない方向に進みがちです。修復や再生を読みたいなら、別の型を選んだほうがよいでしょう。
三つめは、非常時という設定そのものに気持ちが引っかかる人です。作品としては架空の状況でも、切迫した場面の描写が続くこと自体を負担に感じる場合があります。これは好みの問題ではなく体調に近い話なので、無理に慣れる必要はありません。
当サイトが複数のパターンを分けているのは、どの型もすべての人に向くわけではないからです。合わないと感じたら、素直に別の型へ移ってください。
作品の選び方
最後に、この型の中から自分に合う作品を絞る手順をまとめます。
- 期間の書き方を見る。日数が書かれていれば経過を追う構成、一夜なら短期決着
- 加害側の呼ばれ方を見る。役職や関係で書かれていれば人物像がある。人数だけなら匿名型
- 結末の手がかりを探す。救助や復旧に触れていれば解除型の可能性が高い
- 媒体を確かめる。経過を追う構成は、巻数のある形式のほうが描き切れる
この4点を確認するだけで、期待と中身の食い違いはかなり減らせます。作品一覧から気になったものを開いたら、いきなり本編に進む前に紹介文をこの順で読んでみてください。
522件という数は、それだけ書き方の幅があるということでもあります。ひとつ合わなかったからといって、型ごと切り捨てる必要はありません。