寝取られの分類を眺めていると、どうにも他と噛み合わない一群があります。恋人でも夫婦でもない。付き合ってすらいない。それなのに、確かに「奪われた」と感じている。それがBSS、つまり「僕が先に好きだったのに」と呼ばれる型です。該当作品は1,204件を数えます。
この型がやっかいなのは、失ったものを他人に説明できないという点にあります。関係が壊れたわけではないので、誰も同情してくれません。傍から見れば、ただ好きだった相手に別の恋人ができただけです。にもかかわらず、当人の内側では確かに何かが終わっている。
ここでは、この型が他の寝取られとどう違うのか、なぜ段階の枠に乗らないのか、そして読者が何を味わうことになるのかを整理します。
BSSという語が指している立ち位置
BSSは「僕が先に好きだったのに」の頭文字を並べたものだと説明されます。名乗っているのは、当事者ですらない側です。ここがまず特殊で、他の寝取られ分類が「奪われた関係」を名前にしているのに対し、この型だけが奪われた側の言い分を名前にしています。
立ち位置を整理すると、こうなります。想いを寄せていた相手がいる。しかし告白していない、あるいは踏み込めていない。そのあいだに別の男が現れ、関係を作ってしまう。以後、視点人物は当事者ではなく観客として、二人の様子を見続けることになります。
- 視点人物と相手のあいだに成立した関係がない
- 相手が別の男と関係を持つ場面を、視点人物が知ってしまう
- 視点人物には介入する立場がない
3つ目が決定的です。恋人であれば問い詰められます。夫であれば別れを切り出せます。しかしこの型の視点人物には、口を出す資格そのものがありません。怒る権利がないまま怒っている状態、と言い換えてもいいかもしれません。
通常の寝取られとの決定的な違い
一般的な寝取られ(寝取られとは何か)で失われるのは、すでに手元にあった関係です。妻がいた、恋人がいた、その関係が第三者によって損なわれる。喪失の対象が具体的で、以前と以後をはっきり比べられます。
BSSで失われるのは、まだ手にしていなかったものです。失うのは関係ではなく、可能性のほうです。あの日声をかけていれば、あと少し早く動いていれば、という仮定の未来だけが消えます。
この違いは、作品の作り方にそのまま出ます。関係を失う型では「壊れていく過程」を描けますが、可能性を失う型には壊れるものがありません。だから多くの作品は、代わりに視点人物の内面の推移を描くことになります。事件が起きているのは外側ではなく、見ている側の頭の中です。
堕ちる過程がないため、段階の枠に乗らない
寝取られ作品の多くは、拒否から受容へ向かう段階で整理できます。強引に始まり、抵抗し、身体が反応し、やがて自ら求めるようになる。夜這い・調教の型はその典型で、段階そのものが見どころになっています。
BSSはこの物差しが使えません。相手の女性は、視点人物に対して堕ちる必要がないからです。彼女は誰かに屈服したわけでも、道を踏み外したわけでもありません。ごく普通に、好きになった相手と付き合っているだけです。堕落の過程が存在しないので、段階を数える意味がなくなります。
ただし例外的に、後半で調教の要素が加わる作品もあります。付き合い始めた相手が実は劣悪な人物で、彼女が次第に作り変えられていく、という展開です。この場合は落ち方の分類のほうが役に立ちます。BSSであると同時に別の型でもある、という重なりが起きているためです。
- 純粋なBSS:相手は幸せに付き合っている。視点人物だけが取り残される
- BSSと調教の複合:付き合った先で彼女が変えられていく。段階の枠が後半だけ復活する
- BSSと復讐の複合:見ている側が行動を起こす。ただし作品数は多くない傾向があります
残るのは、見ている側の感情だけ
この型を読み終えたあと、手元に残るものは一つしかありません。見ていた側の感情です。関係の変化も、状況の解決も、たいていの場合は用意されていません。
読者が味わうのは、おそらく次のようなものだと説明されます。ひとつは後悔。動かなかった自分への責めが、相手ではなく自分に向かいます。もうひとつは疎外。二人が幸せであればあるほど、自分だけが別の場所に立っていることが際立ちます。
寝取られに惹かれる心理の側から見ると、通常の寝取られが「所有の喪失」を扱うのに対し、こちらは「資格の不在」を扱っていると整理できます。自分にはそもそも権利がなかった、という確認が、この型の後味を作っています。
なぜ「偽りの純愛」と呼ばれるのか
この型に「偽りの純愛」という呼び名が添えられることがあります。理由は、作中に描かれる恋愛が、少なくとも表面上はまっとうに見えるからです。
相手の女性は恋をしていて、幸せそうにしています。相手の男も、多くの場合は特別な悪事を働いていません。純愛として成立している光景が、そこにあります。しかし視点人物にとっては、その光景そのものが刃になります。幸せに見えるという事実が、そのまま自分の敗北の証拠になるからです。
もうひとつの読み方もあります。視点人物が抱いていた想いのほうを「偽り」と見る立場です。長く見守っていた、大切に思っていたと本人は語りますが、結局は何もしなかった。その自己申告の純愛が、行動によって裏付けられないまま終わる。どちらの読み方を取るかで、作品の受け取り方はかなり変わります。
幼なじみ属性と結びつきやすい理由
この型の作品を並べていくと、幼なじみという設定が高い割合で現れます。偶然ではなく、構造上の必然があるように見えます。
BSSが成立するには、近くにいるのに関係が進んでいないという状態を、無理なく説明する必要があります。ただの片思いでは、接点が薄すぎて「奪われた」感覚が弱くなります。逆に関係が進んでいれば、それはBSSではなく普通の寝取られになります。
- 長期間そばにいた事実が、想いの重さを説明する
- 関係が変化しなかった理由を、慣れと距離感で納得させる
- 相手の恋愛を間近で見続ける状況を自然に作れる
職場の同僚、近所の顔見知り、長年通っている店の相手なども、同じ役割を果たします。共通しているのは、離れられないという条件です。距離を取れる相手であれば、見ずに済んでしまい、この型は成立しません。ヒロインの属性別の分類を見ると、この型に集まりやすい属性の偏りが確認できます。
「何も起きないまま終わった」と感じた人へ
この型を初めて読んだ人から出やすい感想が、これです。展開が動かない、決着がない、読み終えても状況が変わっていない。
ある意味では、その通りです。この型は変化を描く型ではないからです。もし変化や決着を求めているのであれば、探す先を変えたほうが早いと思われます。
- 変化の過程を読みたい場合は、段階が明示される型のほうが向いています
- 関係が壊れる瞬間を読みたい場合は、すでに成立した関係を扱う型を選ぶことになります
- 見ている側の感情を掘り下げたい場合にだけ、この型は機能します
逆に言えば、何も起きないことこそがこの型の内容です。そこに読み応えを感じられるかどうかが、向き不向きの分かれ目になります。
この型が合わない人
正直に書いておくと、BSSは合う人と合わない人がはっきり分かれます。
ひとつは、視点人物に苛立ってしまう人です。この型の主体は、基本的に動きません。動かなかったから今の状況がある、という前提で話が進みます。行動しない人物を追い続けることに耐えられない場合、読み進めるのは難しくなります。
もうひとつは、救いや逆転を求める人です。多くの作品では、状況が好転しません。相手が戻ってくることも、視点人物が報われることも、あまり期待できない構成になっています。
三つ目は、直接的な描写量を重視する人です。この型は感情の描写に紙幅を割く傾向があり、見ている側の独白が長く続く作品も少なくありません。同じ寝取られでも、他の型とは配分が違います。分類を多く用意しているのは、こうした差を先に伝えるためです。合わないと感じたら、別の型を試してください。
作品の選び方
1,204件の中から選ぶとき、判断材料になりやすい点を挙げておきます。
まず確認したいのは、視点が誰に固定されているかです。見ている側の視点で通す作品と、途中から女性側の視点に切り替わる作品では、読後感がまったく違います。後者は彼女の心情が見えるぶん、取り残された感覚が薄まります。
次に、関係がどこまで進んでいたかです。まったくの片思いなのか、あと一歩まで来ていたのかで、喪失の重さが変わります。紹介文に告白の場面や約束が出てくる作品は、後者に寄る傾向があります。
そして、後半に調教の要素が入るかどうかです。紹介文の後半に変化を示す語が並んでいる場合、純粋なBSSではなく複合型である可能性が高くなります。感情の描写だけを求めている場合は、そうした語がない作品のほうが近いかもしれません。作品一覧から、紹介文を確かめながら選ぶことをおすすめします。