寝取られ作品の多くは、男性が能動的に迫り、女性が受け身に回る形で組み立てられています。この型はその配置をそのまま入れ替えたものです。迫るのが女性、迫られて押し切られるのが男性。彼女や妻の姉、あるいは妹が、眠っている旦那や恋人のところへ来て、本人の意思を問わないまま関係を持ってしまう。該当する作品は459件あります。
言葉の上では「逆」の一文字で済んでしまうのですが、実際に読んでみると、入れ替わっているのは行為の主導権だけではありません。読者がどこに感情を置いて読むのか、その置き場所ごと動いてしまうのがこの型の特徴です。そこを理解しないまま手を出すと、期待していたものと違うと感じやすくなります。
ここでは、何が反転しているのか、なぜ夜這いという手段が選ばれるのか、そして誘惑型とはどこで線が引かれるのかを順に整理します。なお、この記事に出てくる「姉」「妹」は家族の中での関係を指す言葉であり、年齢の設定を表すものではありません。登場人物はいずれも成人として扱っています。
この型の「逆」は、どこが逆なのか
まず整理しておきたいのは、反転しているのが「誰が誰を奪うか」という一点だけではないということです。並べてみると分かりやすくなります。
- 迫る側:男性から女性へ
- 押し切られる側:女性から男性へ
- 読者が状況を知る順番:奪われる側が先から、奪われる側が最後になることが多い
- 裏切りの性質:意思の裏切りより、拒みきれなかったという受動の側面が強く出る
とくに三つ目が効いてきます。通常型では、ヒロインが何をされているかを読者はほぼ同時に追いかけます。ところがこの型では、旦那の側に起きていることを妻や恋人が最後まで知らない、という組み立てが選ばれやすくなります。読者は先に知っていて、ヒロインだけが知らない。この時間差そのものを見どころにしている作品が少なくないようです。
そのため、寝取られの基本的な構造をどう捉えるかによって、この型の位置づけも変わってきます。土台の考え方は寝取られとは何かの解説のほうにまとめてあります。
寝取られるのは男性、感情を預ける先はヒロイン
この型がややこしいのは、読者の立ち位置が一本に定まらないところです。奪われているのは男性側なのに、多くの読者が感情を預けている先は、何も知らされていない彼女や妻のほうにある。この二重構造が、そのまま読み味を決めています。
整理すると、読み方はおおよそ次のように分かれるようです。
- 男性側に自分を重ねる読み方。押し切られていく感覚そのものを追う
- ヒロイン側に感情を置く読み方。知らないまま関係が壊れていくことに反応する
- 迫る側に重ねる読み方。奪う側の視点で読む
同じ一本の作品でも、どこに立って読むかで印象が変わります。作品の評価が割れやすいのはこのためだと考えられます。誰の側に立って読むかという論点そのものは、寝取られに惹かれる心理の解説でも扱っています。
なぜ、この型でも夜這いが使われるのか
迫る側が女性に入れ替わっても、夜這いという手段は残ります。理由は通常型と同じで、本人の意思を成立させないためです。眠っている、あるいは相手を取り違えている。その状態から始めれば、その後に何が起きても「自分から望んだことではない」という前提を保てます。
この前提は、男性が押し切られる側に回るこの型では、通常型以上に必要とされている面があります。男性側が最初から乗り気であれば、それは単なる浮気の話になり、押し切られたという構図が崩れてしまうからです。夜這いという入り方は、その崩れを防ぐための仕掛けとして機能しています。
手段としての夜這いが何を担っているかは、夜這いから始まる王道型の解説と共通しています。また、夜這いという言葉自体が寝取られとどう重なるのかは夜這いと寝取られの違いで整理しています。
誘惑型との違いは「強引さの度合い」
女性が迫るという点だけを見ると、姉妹が誘惑してくる型と区別がつきにくくなります。実際、紹介文の段階では見分けがつかない作品もあります。ただ、両者は線の引き方が違います。
- 誘惑型:男性側に断る余地が残されている。最終的に応じたという形が残る
- この型:断る余地が最初から用意されていない。応じたのではなく、押し切られた形になる
- 罪悪感の置き場所:誘惑型は男性側にも残り、この型では迫った側に寄る
この差は、読み終えたあとの後味に直結します。誘惑型では男性側も加担したことになるため、後ろめたさが二人に分散します。押し切られる形だと、男性側は被害の側面を持ったまま話が進み、後ろめたさの多くは迫った側に集まる。どちらの後味を求めているかが、選ぶときの実質的な基準になります。
ヒロインの立場ごとの分類はヒロイン別の一覧のほうで整理しているので、そちらも参考になると思います。
姉・妹という関係が使われる理由
迫る側として姉や妹が選ばれるのには、いくつか実務的な理由があるようです。
ひとつは、生活圏が重なっていることです。同じ家に泊まる、実家に集まる、様子を見に来る。関係を持つための状況を、無理なく作れます。夜這いという手段が成立するには、そもそも同じ屋根の下にいる必要があります。
もうひとつは、比較の軸が最初から用意されていることです。姉妹という関係には、似ているのに違うという前提がついてきます。この前提があるだけで、比べられているという構図を説明なしに成立させられます。比較や上書きがどう働くかは結末の型の一覧でも扱っています。
三つ目は、関係が切れないことです。他人であれば距離を置けば済みますが、家族の関係は簡単には解消できません。一度きりで終わらせにくく、露見したときの影響も大きくなります。この逃げ場のなさが、話を動かす力になっています。
数が少ない系統である理由を考える
該当する作品は459件で、寝取られ全体から見れば大きな系統ではありません。理由をいくつか考えてみます。
ひとつは、読者が男性側に自分を重ねる読み方に慣れていないことです。多くの寝取られ作品は、奪われる側の女性を見る位置に読者を置いてきました。この型はその位置を動かすため、慣れた読み方がそのまま通用しません。
もうひとつは、押し切られる形を描く難しさです。男性側が拒みきれない理由を説明しないと、話がただの浮気に見えてしまいます。夜這いという入り方が繰り返し使われるのは、この説明を省略できる数少ない方法だからだと考えられます。
三つ目は、需要そのものの構造です。奪われる側に感情を置く読者にとって、この型は感情の置き場所が分散します。分散するぶん、狙いを絞った作品より刺さり方が弱くなる可能性があります。数が伸びにくいのは、この分散が原因のひとつではないかと思われます。
この型が合わない人
正直に書いておくと、この型が向かない読者はそれなりにいます。
まず、ヒロインが奪われる描写そのものを目的にしている人です。この型では、彼女や妻は最後まで何も起きていない側に置かれることが多く、直接の描写の中心にはなりません。求めているものと中身が食い違います。
次に、男性側が受け身に回ることを楽しめない人です。ここは好みがはっきり分かれるところで、押し切られる感覚を心地よく読める人と、単に情けないと感じてしまう人がいます。後者の場合、この型はほぼ機能しません。
三つ目は、家族の関係が絡むこと自体に抵抗がある人です。姉妹という設定はこの型の中心にあるため、避けて通ることができません。この点が気になるなら、無理に読む必要はないと思います。
合う人と合わない人がここまではっきり分かれる型は多くありません。少しでも引っかかるところがあれば、別の型から入ったほうが結果的に満足しやすいはずです。
作品の選び方
最後に、選ぶときの見方をまとめておきます。
- 誰の視点で書かれているか。紹介文の一人称が誰かで、想定されている立ち位置が読めます
- 押し切る形か、応じる形か。断る余地が描かれているなら誘惑型寄り、そうでなければこの型寄りです
- 露見するかどうか。彼女や妻が知る展開があるかで、後半の性格が変わります
- 関係が続くかどうか。一度きりで終わる作品と、繰り返される作品では読み味が別物になります
紹介文から読み取れる情報には限りがあるので、迷ったら短いものから試すのが無難です。該当する作品は作品一覧から絞り込めます。
この型は、寝取られという枠の中では変化球にあたります。合えばほかで代えがきかない読み味になりますが、合わないと感じたら早めに別の型へ移ったほうがいいでしょう。